大学受験

センター試験で出題ミス!?センターからわかる中国史の複雑さ。

センター試験での出題ミス

みなさん、1/18と1/19に何があったのかわかりますか?そうです、センター試験です!

さて、来年以降廃止になったり、過去様々な面白い問題が出題されてネットで流行ったりしたセンター試験ですが、実はそのラストを飾る2020年度の試験で一題出題ミスがあり、結果としてその問題は受験生全員が得点する形になりました!さて、その問題は何でしょうか?以下の問題をご覧ください!

以下の制度や政策について述べた文として正しいものを、次の①~④の内から一つ選べ。

①魏で、屯田制が実施された。

②ムガル帝国で、貴族と軍役を引き替えに土地を与えるプロノイア制を導入した。

③ベルンシュタインが、プロイセンで農民解放を行った。

④ポルトガルで、アトリー政権が社会福祉制度を充実させた。

※2020年度大学入試センター試験 世界史Bより一部抜粋・編集

普通に解いてみると・・・

真面目な受験生
真面目な受験生
どれだろうな・・・。よし、一つずつチェックしていこう。

①:屯田制。これって確か流民や兵士に土地を与えて、耕作によって得た生産物を地代として徴収する制度だったな。これは曹操が作った制度で、魏国発展の礎となったからこれで間違いないはず・・・。

②:プロノイア制。これって確かに皇帝から貴族に土地を与える代わりに軍事奉仕を義務付けた軍事制度だったよな・・・。いや、でもこれってムガル帝国じゃなくて東ローマ帝国の制度だったはずだからこれは違うな。

③:プロイセンでの農民解放か・・・。これって確かプロイセン革命の「十月勅令」の話だったよね。でもこれを主導した人物はシュタインハルデンベルクのはず。そしてベルンシュタインドイツ社会民主党の人で、この件とは関係ないから間違いだ。

④:アトリーはイギリス労働党の指導者だったはず。確かにこの人は首相になってイギリスの「福祉国家」実現に大きな貢献をしたけれど、ポルトガルとは関係ないなぁ。

よし、答えは①!

勉強しすぎた受験生
勉強しすぎた受験生
いや、これ正解の選択肢がないな。

 

真面目な受験生
真面目な受験生
!?

 

どういったミスがあったのか?

一見よさそうに見えるが、実は・・・

はい。上にある真面目な受験生は何も間違ったことを言ってません。なのに①は必ずしも正しいとは言い切れないのです。その理由は・・・

実は「魏」という国が曖昧な表現だったのです。

 

???

どゆこと???

 

というのもこの「魏」、実は二つあったんです。

同じ名前でも違う国、違う時代

まずは作問者が想定していたであろう方の魏国。これは三国時代の魏国です。

そう、あの三国志に出てくる「魏」です!

これは有名ですよね。多分大多数の受験生もこの魏国を考え、①を選んだのでしょう。三国時代の魏国の屯田制、これは受験頻出単語ですからね。

じゃあもう一つは?

皆さん、唐突ですが戦国の七雄は覚えてますか?

韓、趙、燕、斉、楚、秦、魏・・・。あ、

そうなんです!戦国時代にも魏国が存在していました!もちろんこの時期に屯田制は存在しません。なので①の「魏」は戦国時代の魏国としても解釈でき、そうした場合①は間違っていることになります。

実は8つもあった魏国

真面目な受験生
真面目な受験生
なるほど・・・。魏は二つもあったのか。ややこしいけど、これで覚えたぞ!
勉強しすぎた受験生
勉強しすぎた受験生
日本の世界史教育においては確かにこの二つしか被らないが、実は魏は8つも存在するぞ。
真面目な受験生
真面目な受験生
!!?

そうなんです。厳密にいうと中国史には8つの魏が存在していました。

え、8つも!?ってなった方も多いかもしれませんが、まず大前提として話しておきたいことがあります。今の時代になって分けているもの、実は当時の人は分けていなかったりします。

例を挙げるとすれば前漢と後漢。これは世界史ではきっちり分けていますよね。しかし、当時の人々は分けていませんでした。前漢も後漢も、当時の正式名称は「漢」でした。このような分け方は後世の人がわかりやすいように、便宜上区分していたに過ぎないんですね。

さて、話を魏に戻します。まず、戦国時代の魏と三国時代の魏。これで二つです。

有名な所から行きますと、南北朝時代の北魏。鮮卑族が建てた北朝のあの国ですね。これも正式名称は「魏」。さらにこの北魏東魏西魏に分裂しています。これも例にもれず、どちらも正式名称は「魏」ここまでで五つ。

そしてここからさらにマイナーになります。まずは五胡十六国時代の冉魏しかし、2年で滅亡してしまったため、五胡十六国の内の一つとしてカウントされていません。そして同じく五胡十六国時代の翟魏。これはテュルク系の遊牧民族が建てた国家です。これも4年と非常に短い期間で滅亡したので、五胡十六国の内の一つとしてカウントされていません。どちらも超マイナーな国で全く覚える必要はありません(笑)。これで7つ目ですね。

最後に春秋時代の魏。これは上で述べた戦国時代の魏や、現在中国でも実際に存在する苗字である魏の起源でもあるんです。

どうして同じ国名がこんなに多いのか?

どうして中国史において、こんなにたくさん同名の国家が存在するのでしょうか?その秘密は古代中国における国名の由来にあります。

ズバリ言います。一部の例外を除く古代中国の国名は、地名から取られています。

例えばこの魏の由来、実はすべて「魏地」という地名なんです。

この「魏地」という地名は現在中国の河南省北部から河北省南部にかけての一帯です。

上図の右側にあるピンクとブルーの省ですね。大体この省境部分が昔の魏地です。

実際に上で述べた魏国はすべてこの土地一帯を統べる国家となります。

実はこんな王朝も、由来は・・・

国名が地名から取られているケースはこのほかにも無数にあります。みなさん、中国の歴代王朝は列挙できますでしょうか?

秦、漢、晋、隋、唐、宋、元、明、清。

この中で実は元、明、清以外はすべて地名由来の王朝だったんです。

例えば、漢王朝。この王朝も、実は地名由来なんです。漢王朝の初代皇帝、劉邦は秦王朝を侵攻した際、漢中という土地を与えられました。

この漢中という地名のうち、が抜擢され、漢王朝の由来、ひいては漢民族の由来になっているんです。

最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。この記事を読んでいただいた方の中で、とりわけ受験生の方々に一言伝えたいことがあります。

本記事で取り上げさせていただいた歴史観は、あくまでも数ある歴史観の内のほんの一つにすぎません。そのため、受験科目として世界史・中国史と向き合う時はぜひ学校で勉強された知識で解いてください。受験世界史では、あくまでも文部科学省が定めた答案が正解だからです。

最後に私の記事をきっかけに中国史に興味を持っていただけたら幸いです。

ABOUT ME
てふ
てふ
慶應義塾大学商学部。カラオケ、中国史、読書が好き。歌が歌えて美味しい酒が飲めれば人生それで事足りる。

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