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中国人のソウルフード、餃子。そのルーツに迫る!

旧正月のお供、餃子

少し過ぎてしまいましたが、現在は中国旧正月シーズン、春節の時期になってまいりました。さて、そんな春節シーズン、とりわけ中国北部の人々にとって欠かせないものがあります!

そうです、餃子です!

餃子はいわば中国北部の年越しそば。いえ、それ以上の存在かもしれません。私たち中国東北部の人は春節になると家族みんなで役割分担しながら餃子を皮から作り、そして家族全員で食卓を囲みながら頬張ることに幸せを感じるんです。

餃子は中国東北部の人にとって特別な食べ物です。例えば私は友人に「中国人ってクリスマスの時、何食べるの?」と聞かれたことがあります。それに対し、私は少し考えたのち、餃子と答えました。もちろん、一般的にはそのような文化はないのかもしれませんし、私も冗談半分でそう言いました。しかし、裏を返せば半分は本当の気持ちで言ってたんです。

何が言いたいのかと言いますと、餃子は私たちにとってそれほど特別感のある食べ物なのです。

日本と中国、餃子の違い

日本では焼き餃子が主流ですよね。実は中国では主流なのは焼き餃子ではなく、水餃子なのです。上でも述べた通り、中国では大抵家庭でも餃子を皮から作るケースが多いです。そのため、皮の強度が市販の皮に比べ、丈夫です。そのため、完全に水に入れて茹でても皮が破れることはないのです。

また、日本では餃子によくニンニクが入っていますよね。実は中国では餃子の中にニンニクを入れることはそんなにないんです。でも、かといって中国人が餃子を食べるとき、ニンニクを一緒に食べないかと言われると、答えはNoです。食べます、普通にめっちゃ食べます!ただ、すりおろしにんにくをタレに入れて、それに餃子を漬けて食べる場合が多いです。人によってはニンニクを直接かじりながら餃子と一緒に食べる人もいます。中国でも餃子とニンニクは黄金のコンビなのです。

タレに関してもやっぱり日本と中国で異なります。日本では甘口な特製のタレが多いように思います。中国では特別な黒酢、“陈醋”(長年発酵させた黒酢)を主に漬けて食べます。中国東北部の人は、濃い味が好きな人が多いので、その黒酢に醤油も加える人もいますね。

そして最たる違いは何といっても食事における餃子の立ち位置でしょう。日本では餃子はおかずの一種としてとらえられていますね。具体的に言うと、ラーメンに餃子という組み合わせに対し、誰も違和感を覚えないでしょう。しかし、中国では、餃子は主食としてとらえられています。一食で何百もの餃子を作るのもザラにありますね。完全に個人的な意見なのですが、特別な主食ということで、日本の寿司と似た立ち位置だと思います。

・中国では水餃子がメイン、日本では焼き餃子がメイン

・中国ではタレにニンニクを入れる、日本では餃子にニンニクを入れる

・中国では黒酢ダレ、日本では特製タレ

・中国では餃子は主食、日本では餃子はおかず

餃子の歴史

さて、この中国文化を体現するような餃子ですが、もちろん悠久な歴史を持っています。この餃子という食べ物、実はの時代までさかのぼることができます。なんと約1800年もの歴史を持っています。

元は薬だった!?

この餃子、実は元は薬の一種だったのです。

餃子は後漢時代の医者、張仲景によって発明されました。

ある厳しい寒さの冬のことです。当時、彼が故郷の長沙に帰る路上で衝撃的な一幕を目撃しました。貧困に苦しみ、十分な服を着ることができない百姓たちは、凍傷を起こし、耳がボロボロになっていたそうです。そこで彼は百姓たちのために温かい栄養食を作ろう心に決めました。こうして餃子は生まれたのです。

作り方は現在とそう大きく変わりません。羊肉や唐辛子といった体を温める素材を小麦粉で作った皮で包んだものが原初の餃子でした。そして病人に与えるとき、餃子を茹でたスープと一緒に出していました。この餃子は娇耳、もしくは薬としての側面を出すのなら祛寒娇耳汤と呼ばれていました。このは日本語では愛嬌の嬌です。つまり、華奢だとか柔らかいといった意味です。このように、耳の形を模した餃子は、患者たちの凍傷した耳を守ることに成功したそうです。

そして彼の作ったはその後も残り、冬の寒さが厳しい冬至の日に食べるという習慣が生まれました。そしてそれから発音が変わり、現在の餃子という名前になりました。

こうして日本に伝わった

日本で最初に餃子を食べた人物は徳川光圀だと言われています。もう少しわかりやすく言うと、初めて餃子を食べた日本人は、なんとあの「水戸黄門」だったのです。これは明末清初の動乱で、日本に亡命した中国人が伝えたものだとされています。しかし、餃子が日本全体で広く食べられるようになったのは、意外にも最近だったのです。

餃子が広く日本に普及したのは第2次世界大戦後のことでした。当時、日本は満州国に軍を派遣しており、終戦後に彼らは帰国することになりました。こうして帰国した軍人が餃子を日本に広めたとされています。

日本では茹でた水餃子よりも焼き餃子のほうがメインな理由は諸説あります。一説によると、当時餃子を茹でようとしたところ、高さのある鍋が非常に少なかったため、鉄板で焼くようになったそうです。

また、日本で初めて餃子が広がった場所も諸説ありますが、宇都宮餃子が日本の餃子のルーツである説が有力です。これは、当時中国大陸に派遣された軍の本部が宇都宮にあったからです。

中国の焼き餃子

中国では水餃子がメインであることを以前述べました。しかし、中国にも実は焼き餃子はあります。

中国では一度に大量の餃子を作ります。そのためしばしば餃子を食べきれず、残してしまうことがありました。残ってしまった餃子を温めなおす際、その餃子を油で焼いて温めていました。それが元来の焼き餃子でした。中国語でと言います。そして水餃子を水饺と言います。そのため、中国の焼き餃子と比べ、皮が厚くもちもちした食感である場合が多いです。

锅贴锅贴

しかし、それとは別に焼き餃子みたいな料理もありました。

中国東北部には锅贴という料理がありました。文字通り「鍋に貼りつけて」焼いた餃子です。これは上の焼き餃子とは異なり、最初から焼いて食べます。

東北地方の鉄鍋東北地方の鉄鍋

昔中国東北部の農村の家庭には必ずと言っていいほど巨大な鉄鍋がありました。食事は家族全員でその大きな鉄鍋を囲んでします。野菜や肉を茹でる料理のほかにも主食を鍋に張り付けて焼く料理があります。この锅贴もそのうちの一つです。

この锅贴、実は何点か中国の一般的な焼き餃子と異なる点があります。一つはです。一般的な餃子はきちんと閉じられているのがほとんどです。しかし、この锅贴は両端が閉じられていません。中の具に皮を巻き付けて下だけ閉じたような形をしてます。そしてもう一つは食感です。一般的に锅贴は中国の焼き餃子に比べ、皮が薄いような気がします。もちもち感は減りますが、その分パリパリした食感を楽しめます。

最後に

このように餃子には長い歴史があります。そして、中国と日本、それぞれ独自の文化で独自の餃子を発展させてきました。

ここからは個人の意見なのですが、どちらの餃子もそれぞれの良さ、美味しさがあると思います。よくどちらの餃子のほうが優れているのか、という議論を聞くことがあります。

そんなことどうでも良くないですか?食べて美味しければそれで良くないですか?

味の好みはあれど料理の優劣は存在しないというのが私の考えです。

ABOUT ME
てふ
てふ
慶應義塾大学商学部。カラオケ、中国史、読書が好き。歌が歌えて美味しい酒が飲めれば人生それで事足りる。

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