社会

リアル「麒麟が来る」!?600年前に中国にキリンが来た話

キリンが中国にやってきた!?

この国を「麒麟」がやってくる国にしたい。と某明智さんは考えていたわけですが、実はそのおよそ100年前、今から数えると600年前に、中国にキリンがやってきていたのです!(あの動物園にいるキリン🦒です)

もちろん、今も昔も中国にキリンはいません。アフリカにしかいないはずですし、当時の中国には動物園もありませんでした。では、このキリンは一体どうやってはるばる中国までやってきたのでしょうか。

では今から、海を渡ったキリンのお話をさせていただきたいと思います。

キリンが来た理由

そもそも、なぜ中国にアフリカ大陸にしかいないはずのキリンがやってきたのか。その答えを知るためには、当時の時代背景を考えなくてはなりません。

時は1402年、中国は明朝の時代ですが、この年明朝No1,歴代中国王朝の皇帝でも有数のイケイケ皇帝永楽帝即位しました。

永楽帝はイケイケだったので、中国国内にとどまらず、南海遠征という名の海外遠征までも行ないました。

その結果、永楽帝の時代には朝貢国が急増、遠征範囲はアフリカ大陸の東岸にまで及び、明朝の威光はアフリカ大陸大陸にすら届いたのでした。

そして運命の第5回南海遠征、大船団のトップを務める鄭和はアフリカ大陸東岸のアデンにてお土産に珍しい熱帯の動物を現地の王にもらいました。

そしてその中には、キリン🦒も含まれていたのです!

こうしてキリンは、お土産としてアフリカ大陸から中国の明朝へ贈られたのでした。

キリンを運んだ方法

でも、どうやってキリンを中国からアフリカまで運んだのでしょうか?

キリンってお土産としてもらっても運ぶのが大変ですよね。というか600年前に、キリンみたいな超大型動物が乗る船があったんでしょうか?

その答えは、鄭和の大船団に秘密があります!

実は、鄭和の大船団のメインシップはこのように巨大でした。

鄭和の大船団のメインシップ

 

11世紀から15世紀にかけての中国の科学力には目を見張るものがあります。この時代の中国の生産力などについては書きたいことがいっぱいあるんですが、話が逸れてしまいますのでやめておきます💦

話を元に戻しますが、鄭和は巨大船の一角にキリンを乗せてそのまま何ヶ月も航海したわけです。

何か月もキリンを世話した乗組員の方はどんな気持ちだったんでしょうか。

そして船に揺られて故郷のアフリカを離れて、中国まで連れて行かれたキリンの心中やいかに…

キリンのその後

キリンはその後、海を渡り、中国に連れてこられました。そしてなんと永楽帝にお目見えすることになります。

明にやってきたキリン 出典:https://ja.m.wikipedia/

 

この絵によると、口に縄がつけられていてなかなか大変そうです。

永楽帝はこのキリンをみて大層喜んだことが伝えられています。

というのも、🦒のアフリカの現地語での呼び方と、中国伝統の想像上の動物「麒麟」の発音が近かったためです。そして、この「麒麟」はめでたい印と考えられていたので、永楽帝は明のさらなる繁栄を期待して喜んだというわけです。

一方、中国にやってきたキリンさんのその後ですが、永楽帝に会った後しばらくしてお亡くなりになってしまったようです。

アフリカ育ちのキリンさんには中国の風土はちょっと合わなかったのかもしれませんね。

100頭ぐらい連れてくれば話は違ったのかも…

 

キリンと麒麟の豆知識

さてキリンと麒麟のちょこっと豆知識です。

まず、動物のキリンの名前はこの想像上の「麒麟」からきているようです。

そして、現在中国語では🦒を「长颈鹿」つまり「首の長い鹿」と呼んでいます。

むしろ日本の方がキリンという名前が定着しているのはちょっと面白いですね。

まとめ

なんと今から600年も前に、明朝は永楽帝の時代に、中国にアフリカからはるばるキリンがやってきていたことがわかりました。

うーん、明朝恐るべしですね。

今後、こうした受験では出てこないようなちょっと面白い中国エピソードなんかも紹介していきますので、お楽しみに!

某ドラマの影響で、日本にもキリンブームが来るかもしれませんね!

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てる
てる
当サイトの事務方責任者兼執筆者/慶應義塾大学文学部。中国語受験で慶應義塾大学に合格。最近なぜか司法試験にハマっている。中国語検定準1級、HSK6級、仏検2級など。対応言語:中国語、英語、フランス語、ロシア語

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